INAX GALLERY 2

2000年9月のINAXギャラリ−2 Art&News
岩城直美 展
−窓外の眺め −

会期:2000年9月1日(金)〜9月27日(水)
休館日:日曜・祝日

Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。



夢のための媚薬

入澤ユカ
(INAX文化推進部チーフディレクター)

電車やバスの窓から見ている風景というのが、走っているスピードを見ていることなのかもしれないと思ったことはないだろうか。風景を見るということや、風景画とよばれるものを感じ直させてくれそうな予感にとらわれたのが、岩城直美の展覧会の案内状だった。その画廊は大阪だった。何百枚もの案内状から、大阪にまで誘うエモーションがどこから発生したのかを確かめてみたかった。
その作品とは真四角にちかい画面の下3/4ほどをしめる黒緑色の原っぱのような空間を、白い道か川のようなうねりが時計まわりに湾曲している構図の絵だった。画面てっぺん近くの水平線上には黒い樹木が水墨画の筆勢で不揃いに描かれている。会場で見たら、タイトルがついていた。[TV]。構図を取り囲む黒いフレームが示しているのはテレビの受像機だということになる。ほかに車窓にかかるカーテンが手前に描かれている作品などもあって、岩城のモチーフは視線の先の、たとえばかたちのよい樹木に向かっているのではなく、視線の内側や、対象を隔てるように見える窓ガラスをも並列させて溶かしこんでいた。
岩城の作品の特徴は、窓のガラスやテレビ受像機をも一体にした任意のズーム感と、焦点を合わせないスケール感だった。
そして作品が最も強く発しているのは静かにわきおこる、眠くなるような甘美な退屈さの身体感覚である。睡魔絵画と呼びたくなるような、脳波に作用してくる魅力をもっていた。

なつかしさのような感情も少しわきおこってくる。見ていると肌がひんやりしてくる時もある。
たとえば人家の少ない大地を走る列車の、車窓から見える送電線の連なりを描いている[TRAVEL-Wiring−]という作品。Wiringを英和辞書で調べてみたら、架線とあった。列車の外にある架線を描きながら、画面のその下にある太い線は、内側の上下式に開閉する窓の枠。内と外を縄抜けの術で自在に行き来しているような感覚で描かれた作品。
日本画の山水画に近い空間感覚で描いているのだろうと思った。遠近法がなじまない岩城の作品には、風景画を描こうとするとどこかに現われてしまう、主題的モチーフが描かれることがない。なにもかもを同時に見ているだけ。何かを見なければならないという、旅や日常にもある強迫観念を溶解してしまう。あるどこかの風景なのではなく、岩城直美の筆に止められた仄白い夢としての光景のように感じる。
わたしの科学ふうに言えば、わたしの皮膚や網膜には、生きてきた年月分の見たり触れてきたすべてのシーンが重なり積もっているという実感がある。あるいはわたしの家の室内の壁紙に見られ続けてきて、壁紙の方に蓄積されたわたしがいると思ったこともある。
にんげんとものとの関係の、ことばにはならない塊や距離や時間や速度を、霞や靄のような描法で絵の具に溶かし込んでしまう岩城直美の作品は、わたしのからだが待っていたのかもしれない。
道の際がかすかに光り、そこに立つ街灯を描いた作品、建物の角が車窓から消えていくその瞬間の幾何学形。
岩城直美の仄白い色彩は、深い眠りのための、忘れてしまう夢のための媚薬のようでもある。




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