INAX GALLERY 2

1998年10月のINAXギャラリ−2 Art&News
遠山正道展 −ムーブ・オン・ザ・タイルズ−

Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。



失われたコンテンツを求めて

伊東順二 (美術評論家)

今ではもう、忘れられてしまっているかもしれないが、アートは、かつて、個人のメッセージ発信ということと同時に、あと二つほどの機能を持っていた。

ひとつは時事的な情報伝達であり、もうひとつは装飾である。近代主義下の現代美術という狭い枠の中で考えれば、この二つの要素はむしろ排除されてきたものであり、表現はそのような付帯する要素を超えてどれほど純粋に個人的なメッセージを造形化するかにかかっているといってよい。しかし、マルチメディアという新しい環境においては、少しばかり異なった様相を示すようになってきた。つまり、アナログ時代のように情報が分別されて、それぞれの領域において異なった専門性が確立されている状況から、すべての情報が、複雑に絡み合い、混合した情報が形成する単一な環境へとアートを取り巻く世界が変化したのである。そのような時代にあっては、他者がもたらす情報すら自らの構成要素の一つとならざるを得ないのである。なぜなら、そうすることによって単一環境内の情報の互換性が成立するからである。自らのメッセージに普遍性をもたらそうとするならば、他者のメッセージを内包して互換性を確保するしかないのである。もはや、独立する個人は存在しないといってよい。私たちは限界のないネットワーク上の相互に関係し合う点なのである。

そんな大変な時代に、遠山正道は黙々と胡瓜を切り、茄子を剥き、タイルに押し付けている。まるで台所の食材のように、きれいに切り刻まれた野菜たちは、さまざまに色を塗られ、ありふれた陶版の上に押し付けられる。単純で、終わりのない作業は何の介在物もなく、きわめて直接的に、作家の肉体から発信された情報を、そして素材そのものの痕跡を、凝縮された「土」の上に刻んでいく。

恐らく、原始時代にも同じような行為を続けていた者がいたに違いない。ありのままを伝えようとすれば、きわめて明快で、確実な方法である。しかし、だからといって遠山が選択した方法を時代遅れと呼んではいけない。なぜなら、そこにはとても現代的な意識と手段への視点が存在しているからだ。つまり、現代美術ではおざなりにされていた時事性と装飾性の二つにこれからの美術の出発点があることを彼は直視しているのである。

そう、巨大な情報環境の中で、何に対して警鐘を鳴らさなければならないのか、どのように伝えなければならないのか、その答えを胡瓜や茄子は物語ろうとしていると私は思うのである。それらは失われつつある、身体的、即物的な感覚を刺激し、エコロジーへの注意を喚起し、同時に、その痕跡が示す装飾性は、現在のメッセージの伝達は言語記述的な思考のみならず、空間的、もしくは環境的に行われなければならないことを示唆しているのである。

「進化する」という近代的な概念とはまったく異なった彼の表現手法は、そのような性格を持てばこそ、時代に対する貴重なメッセージとなりうるし、また、近代主義以後の美術に求められるコンテンツを内包しているといってよいと思う。




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